声にならない声を、想像することの大切さを感じています

はじめに

気がつけば、もう4月も後半です。

新年度が始まったばかりだと思っていたのに、気温はすっかり春らしくなりました。
街はもうゴールデンウィークの気配をまとい始めています。
新しい環境に飛び込んだ方、送り出した方、それぞれの4月があったことと思います。

新卒の方が職場の機密文書をSNSに公開して、最近話題になっていますね…

毎年この季節になると、時間の流れというのは本当に正直だなと感じます。
焦っても、立ち止まっても、同じ速さで進んでいく。
忙しい日々のなかにも、ふと立ち止まって考える瞬間があって、そういう時間がいちばん大切なような気がしています。

今日は、そんな立ち止まったときに頭に浮かんだことを、うまくまとまっていないかもしれませんが、言葉にして残しておこうと思います。
最近感じたことを、小説家の気分で、そのまま書き続けていきたいと思います。


言葉の裏にあるもの

グループホームで働かせていただくなかで、利用者さんの言葉に耳を傾ける場面が毎日のようにあります。

「●●さんが△△だから、◆◆してほしい」
「就労先の◆◆をやめたい」
「もっと△△をしたい、対応してほしい」

そう言われたとき、その言葉をそのまま受け取るだけでは、本当の支援にはならないのかもしれない——最近、そんなことを感じるようになりました。

大切なのは、その言葉の裏にある本当の気持ちや、ニーズを想像しようとすることなのではないか、と思っています。

困った人は、困っている人、という有名な言葉がありますね!


言葉にならなくても、感情はある

利用者さんには、障害特性上、自分の気持ちをうまく言語化できなかったり、何が困っているのか自分でも気づけなかったりすることがあります。

わからないことも多い。
伝えられないことも多い。
できないことも、気になることも、許せないことも、たくさんあります。

でも——

人を思う気持ち、怖い気持ち、嫌な気持ち、楽しい気持ち、うれしい気持ち。
やり遂げたときの達成感、できないくやしさ、イライラする気持ち。

そういった感情は、しっかりと持っていらっしゃるのだと感じています。

自分の気持ちを分かってもらえると、うれしいですよね

ことばにはならなくても、その感情は確かにそこにある。
そのことを忘れずにいたいと思っています。


正解のない海を泳ぐ

支援に「正解」はないのだと、少しずつ気づいてきました。

利用者さんの表情、行動、雰囲気のわずかな変化を手がかりに、「もしかして、こういう気持ちなのかな」と仮説を立ててみる。その仮説をもとに支援を組み立て、実際に動いてみる。

そして、利用者さんの反応を見る。

表情が柔らかくなったか。
少しだけ笑顔が増えたか。
逆に、何かがずれていないか。

その表情や言動の変化が、いちばんのフィードバックになるのではないかと感じています。

正解がないから難しいけれど、正解がないから面白い。
どこか、地図のない海を自分なりに泳いでいるような感覚があります。

googleに答えが書いてあればよいのですが、そういうわけにもいかないですよね


特性の理解と、想像力

不勉強ながら、最近こんなことを考えています。

利用者さんの暮らしが少しでも充実したものになるためには、まず特性をしっかり理解することが土台になるのではないか。

苦手なこと、混乱しやすい状況、安心できる環境——そこに配慮した支援の枠組みを整えること。

そのうえで、想像力を持ち続けることも、同じくらい大切なのではないかと思っています。

「この人は今、どんな気持ちでいるんだろう」
「言葉にならないこの様子の裏に、何があるんだろう」

その問いを持ち続けることが、本人の意向をくみ取り、その人らしい暮らしを支えることにつながっていくのかもしれません。

人ぞれぞれに人生があり、皆が主役ですね


おわりに

今回は今感じていることをそのまま言葉にしてみました。
非常に抽象的で、太宰治の小説のような雰囲気になってしまいました。
(太宰治に大変失礼です)

特性の理解と、想像力。

まだまだ学ぶことばかりですが、この2つを大切にしながら利用者さんと向き合うことが大切だなと感じています。

正解のない海を、それでも楽しく泳いでいけるような支援者でありたい。
そんなことを、今日もぼんやりと考えながら仕事をしています。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

 

現在、見学や利用のお問い合わせを随時受け付けております。

皆様の身近な方で、グループホームの入居待ちをされている方や事情により入居している場所から移らなくてはいけない方などがございましたら、ぜひお気軽にご相談、ご見学のお問い合わせをして頂ければと思います。
タイトルとURLをコピーしました